「稀代の逃亡者」と言われた、JRA史上最強の逃げ馬と言われた「サイレンススズカ」の才能を見出したのは、天才、武豊ジョッキーでした。「サイレンススズカ」の大逃げは本当に今でも鮮明に覚えています。
サイレンススズカは、サンデーサイレンス産駆でクラシック戦線で活躍するかと思われていましたが、4歳時は目立った活躍が出来ませんでした。
しかし、4歳の暮れに香港マイルの挑戦し、惜しくも僅差の5着になりましたが、ここで武豊ジョッキーに「逃げ馬」としての才能を見いだされました。
後日談ですが、「依頼が来るのを待つのが騎手」というスタイル貫いていた、武豊ジョッキーが、自分のスタイルを崩して、新馬戦以来気になっていたサイレンススズカの騎乗を自ら申し出たらしいです。
これにより、天才同士が出会い、1998年のサイレンススズカの逃亡劇が幕を開けました。
バレンタインS、中山記念、小倉大賞典、禁鯱賞、宝塚記念と立て続けに連勝し、伝説のGⅡと呼ばれる、「毎日王冠」に臨みました。
第49回「毎日王冠」は、グラスワンダー、エルコンドルパサーをも従えて堂々と逃げ切り勝利を収め、6連勝を果たしました。
この馬に死角はないともいわれるまでに成長し、そして臨んだ、運命の天皇賞秋を迎えました、武豊ジョッキーもレース前に「ペースなんて関係ない、この馬の走らせるままに!」と言っていました。
実際に、誰もが、サイレンススズカの勝利を信じていました、しかし、あの悲劇が起きてしまいました。
600M通過34.6秒、800M通過45.8秒、1000M通過57.4秒!!
誰が見てもオーバーペースですが、走っている馬があの、サイレンススズカなのでこのペースでも大丈夫と信じていました、、、、、
個人的には、あのレースの動画はあまり見たくありません、今でも悲しくなってしまいます。
タラレバになってしまいますが、あのまま最後まで走りきっていれば、間違いなくサイレンススズカの勝利だったと思います。
それにしても、本当にサイレンススズカは名馬中の名馬だったと思います、武豊に出会って、運命が変わった馬ですね。
また、サイレンススズカのような強烈な逃げ馬を見てみたいですね。
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